三国志マニアの聖地 武侯祠で出師表を見る

中国の成都と言えば三国時代の蜀の首都。と即答する人が結構いると思います。はい、僕もそんな一人です。

三国志といえば、鉄板の吉川英治、あるいは横山光輝の漫画(今や珍しくないですが、当時、60巻もある大作は他になかった)でしょうか。

さらに陳舜臣、柴田錬三郎、北方謙三、宮城谷昌光、、、パッと思い浮かぶのはこんなところですね。漫画なら蒼天航路も外せませんか。映画のレッドクリフも入れましょうか。ちなみに僕が三国志にはまっていた小中学生の頃は、まだ宮城谷さんは三国志は書いていなかったですね。いつか書いて欲しいひとりでしたが。あとは司馬遼太郎にももうちょっと長生きして書いて欲しかった。彼が亡くなった時はショックでした。

おっと脱線しました。

今回取り上げるのは、そんな三国志ゆかりのスポットでもとりわけ人気の諸葛孔明を祀る武侯祠です。

武侯祠へのアクセス

中国では現地のネットワークにつなぐとGoogleマップなどは見られなくなるので、現地でWiFiなど借りるつもりの方はご注意ください。携帯の海外利用サービスを使えばアクセスできるので、ドコモなど海外利用が可能なスマホをお持ちの方はそのまま現地で利用することをオススメします。

武侯祀に入るにはチケットが必要です。上の地図の右下あたり文物区大門と記載のある門の右下あたりにチケット売り場があります。タクシーでアクセスすればすぐ前まで連れて行ってもらえるかと思います。また、すぐ横には錦里という観光スポットの商店街がつながっていて右下の門からアクセスできるのでぜひ覗いてみてください。この記事の最後に少しだけ写真も載せておきますのでご参考に。

成都武侯祠探訪


そこそこ広いです。普通に回ったら2時間くらいですかね。早足なら1時間くらいでなんとか。蜀将の説明書きとかゆっくり読んで回ると半日くらいは潰せる気もしますが、1日いたらきっと飽きます。そして武侯祠の外枠を囲うように錦里があります。


中に入って一つ目の門をすぎると奥に先主こと劉備が見えます。が、その前にくぐった門の左右に注目です!

岳飛の前後出師表碑文

はい、諸葛亮孔明の出師表です。堂の左右に前後2通が揃い踏みです。圧巻です。

「危急存亡の秋(とき)」の語が入っているのは「前」の方ですね。わたくし、昔、この全文を暗記しました。笑

さらに言うと、この岳飛筆の書の拓本(石碑に紙をのせて墨で書を写したもの)も持っていました。マニアックですねー。
いつか本物を見ようと思ってはや20年超。もはや三国志熱もとっくの昔に冷めてしまっていますが、それでも本物を前にして感慨深いものがありました。

臣亮言う、先帝創業未だ半ばならざるに中道に崩ソしたまえり、今、天下三分し、益州疲弊せり、これ誠に危急存亡の秋なり、然れども侍衛の臣・・・

(訳:家臣である諸葛亮が申し上げます。先帝は創業も相半ばで崩御されました。今、天下は三分し、益州(蜀)は疲弊しています。これは誠に危急存亡の秋です。しかし、侍衛の臣は・・・ )

あ、まだこの先もそこそこ覚えてます。笑

落ち着いた書き出しからの、危急存亡の秋にかけての勢いが素晴らしいですね。

後出師表の方は、最初から連綿で始まります。さすがに後の方は覚えてません。なお、後出師表については孔明の著作ではなく、後世の創作物であると言われております。

さて、あとは人形が飾ってるだけなのは知っていたので、出師表を見てもう僕的には終わりなのですが、一応ぐるっと回ってきましたので有名どころだけ載せておきます。

居並ぶ蜀の武将像

こんな感じで、向かって左手の門側に武将が、右側に文官がずらっと並んでいます。ガラス戸の横に漢文の人物評とともに日本語の解説もついています。


姜維 ちょっとやんちゃそうな顔してますね。


黄忠 顔色悪いけど、なかなかの風格


馬超 いいとこの坊ちゃんって感じが出てます


孫乾(左)と趙雲(右) 長生きした趙雲はなんだか黄忠よりも年寄りです。


張飛 ちょっと顔色が不気味です。張飛と関羽は他の武将とは別格で、それぞれ子供達と一緒に祀られています。

特に関羽は、神様扱いなのでこんな皇帝風の装束です。赤ら顔ですらありません。これが劉備と言われたら信じてしまいそう。笑 中華街に行けば祀られている商売の神様、関帝廟の人ですね。

ちゃんと青龍偃月刀も飾られています。← せいりゅうえんげつとうが普通に自動変換されてびっくり。

真ん中に鎮座するは、もちろん先主こと劉備玄徳です。

正史三国志 陳寿による人物評

陳寿の正史三国志の人物評が飾られています。陳寿というのは、三国時代の歴史書を書いた人ですが、皆さん小学校で習ったであろう魏志倭人伝というのは、この書物の中の一部です。先ほどの孔明の出師の表では先帝とあったのに、ここでは先主となっているのは、陳寿が仕えた西晋は魏からの禅譲(定位を譲ること)によって継承された政権なので、正統な政権ではない蜀帝の劉備には帝という語を使っていないんですね。なお陳寿自身は蜀の出身です。

もちろん正史の訳本も持っていましたが、やはり蜀びいきの三国志演義と色々違いがあります。コーエーの三国志もよくやりましたが、特に正史の記述からすると魏将のパラメーターはもっと高いはずで、特に張遼、張郃、于禁、楽進あたりが不当に低い評価だと思っていました。と、ここまで書いてきて、三国志の武将の名前、全部普通に変換されたのに驚きです。

さて、劉備堂をぐるっと回れば、蜀の武将は一通り見終わります。しかしまだ肝心の主役がお目見えしていませんね。ええ、武侯祠というだけあって、主役はもちろん武侯こと諸葛亮孔明ですが、劉備の間のさらに先に占有エリアがあります。

武侯 諸葛亮孔明像

一番奥まで真っ直ぐ歩いた先についに孔明登場。イメージ通りでしょうか?

桃園の誓いエリア

桃園の誓いがテーマのお堂もありました。

こちらは見慣れた(?)雰囲気の劉備、関羽、張飛が並んでいます。

竹林の通路


謎の道。竹林がいい雰囲気ではあります。僕がここを訪れた当時、事前にネットで調べてもここの写真しか出てこなかったのでなにかいわれがあるのかなと思いましたが、なんのことはないただの通路でした。

三国志関連グッズの館

三国時代の文物が展示されているスペースがありましたが、ここには昔、NHKでやっていた人形劇三国志の孔明も飾られていました。この孔明カッコイイですね。あれって中国で作られたものの吹き替えだったの?と思ってググって見たらやっぱりNHKオリジナルでした。そして82-84年放送ということだったので、さすがにその頃の記憶はないので、僕が見覚えのあるのは再放送だったのでしょう。

あとは庭園内はやたらと盆栽がありましたので、そちら方面に興味のある方は楽しめるかもしれません。冬だからか大概枯れてましたけど。

チケット売り場の行列

11時頃の券売所の様子です。さすがに9時頃はほとんど人はいなかったですが、この時間には雨の中でもこのくらいは並んでいました。やはり人気の場所ですので早めに行くことをオススメします。セントレジスからは、タクシーで行きも帰りも18元でした。ご参考までに。

錦里

さて、せっかく武侯祠まで来たからには真横の観光地錦里も散歩しておきましょう。


入り口は武侯祠の入り口に向かって右手にあります。


スタバも中国風です。赤提灯が続きますが、正月だからでしょうかね?普段からこうなのかは分かりません。


奥まで露店が続きます。

張飛牛肉、気になります。行く前から気になってはいましたが、朝食食べすぎて買い食いのモチベーションがゼロでした。どんなものか見てもいないという・・・


唐辛子。本場の四川料理の街ですから。


軽食エリア。うん、一つくらいトライして見たかったけど、やはり食べる気力ゼロでした。


この豆腐は見るからに辛そうです。でもホテルで食べた時はそんなに辛くなかったです。

いろんな食材が揃っているので、ここを訪れる時は小腹をすかして行くことをオススメします。きっと食べたことのない味に出会える気がします。

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