ロダンの作品は独特なポージング、筋骨隆々の男性と流麗な女性の肉体美、そして力強い足指の表現などなど、多くの特徴的な形態美を備えています。世界中の美術館にさまざまな作品が収蔵されていますが、いずれの作品も一目でロダン作品だとわかる異彩を放っています。
中でも今回特集する「考える人」は、世界一有名な銅像と言っても過言ではないでしょう。
名前を聞けば、きっと世界中のほとんどの人がこの座って打ちに向けた拳に顎をつけるポーズを取ってくれるのではないでしょうか。しかし、誰もが知っているはずのブロンズ像ですが、右手を捻って左足についていることは意外にもみなさん知らなかったりしますよね。
テレビなどで見かけることはあっても、実際に本物をまじまじと見たことがある人は意外と少ないのかもしれません。が、実はこの「考える人」像は、世界中に数多く”本物”が存在しており、旅先で美術館などに足を運ぶと、結構見かけることがあります。
そんな旅先の予習として、ロダンの考える人についてこの記事では解説してみます。
目次
ロダンの考える人とは
世界でももっとも有名な彫刻家と言っていいフランスのオーギュスト・ロダン(1840-1917)の作品で、フランス語では、Le Penseur。英語では、The Thinkerと呼ばれる誰もが知るあの像です。当初はロダンによって詩人(Le Poète)と名付けられていた作品です。「考える人」となった変遷は、複数の説があり、日本のWikipediaではロダンの死後に鋳造職人によって名付けられたとされています。
が、学術文献や美術館などの記述を調べた限り、ロダン自身が徐々に名称変更していったという説が確からしいようですので、ここではそれをもとに解説していきます。(参考文献載せていますので気になる方はご自身でファクトチェックしてみてください)。
考える人の原形は、ロダン作品の一つである「地獄の門」の門の上で思索する人の姿の像です。
地獄の門は、1880年にパリに新設される装飾美術館の入り口の門のために構想された作品で、ダンテの神曲にインスピレーションを受けて作られたものとされます。この作品に関連して生まれた作品は考える人以外にも多くあり、ロダンファンとしては、世界に7つあるというこのブロンズ像は必見のものの一つです。
「考える人」が、独立した作品として「詩人」として展示されたのは1888年ということですが、それ以降、「詩人/思索者」、やがて1896年までには「考える人」として知られるようになったそうです。そして、ロダン自身は「私の考える人が考えているのは、頭脳だけでなく、しわを寄せた額、膨らんだ鼻孔、引き締まった唇、そして腕、背中、脚のあらゆる筋肉、握りしめた拳、つま先までで考えているからだ ”What makes my Thinker think is that he thinks not only with his brain, with his knitted brow, his distended nostrils and compressed lips, but with every muscle of his arms, back, and legs, with his clenched fist and gripping toes.”」と語っています。
1881年にロダンが制作したオリジナルの粘土モデルは、70㎝の高さでしたが、1902年から等身大、186㎝の拡大版が制作され、1904年に初めて展示されました。オリジナルサイズ、拡大版による”本物”のブロンズ像は28体あるとされ、世界の名だたる美術館に収蔵され、展示されているのを見ることができます。また、世界を旅をしているとレプリカ作品を見かけることもよくあります。
参考URL:
BRITANICAの記事
ワシントン国立美術館の記事
参考文献:
Albert E. Elsen “Rodin’s Thinker and the Dilemmas of Modern Public Sculpture” (Yale University Press, 1985)
Ruth Butler “Rodin: The Shape of Genius” (Yale University Press, 1993)
世界中にいるロダンの「考える人」たち
ここからは実際に僕が実際に現地で写真を撮ってきた世界の考える人を並べていきます。
日本の考える人
国立西洋美術館
上野の国立西洋美術館では、地獄の門とは逆サイドの奥の方に静かに鎮座しています。木々を背に座る佇まいは確かに何かを沈思している様子で趣があります。国立西洋美術館の作品記述によると、この作品はロダンの死後、1926年に拡大作の型を使って鋳造されたもので、松方コレクションんで有名な松方幸次郎氏が購入し、1944年にフランス政府が接収、その後、1959年にフランス政府より寄贈、返還されたものだということです。
京都国立博物館
京都の国立博物館は本館の前の広場にぽつんと配置されています。秋の紅葉の色づきに合った厳かな雰囲気を感じました。偶然、写真に写ってしまった女性の方が同じポーズをしていたのが面白いお気に入りの写真です。
この考える人は1950年に貸与され、56年に正式購入されたものだということで、購入に当たっては京都の老舗、宝酒造の社長、大宮蔵吉氏の寄付が大きく貢献したそうです。京都の篤志家はこういう方が多いですね。なお、1997年から1998年にかけてさび取りの修復と地震対策が施されています。
国内には、他にも長島美術館、西山美術館、静岡県立美術館などにもあるようです。
世界の考える人
パリ|ロダン美術館
パリにあるロダン美術館の考える人は、フランスらしく見事に整形された木に囲まれた高い台座の上から見下ろすように配置されています。日本の国立西洋美術館などと同じ拡大版で、1922年にここに移管されたとのことです。ちなみにロダン美術館は、ロダン作品が大量に並んでいてめちゃくちゃおすすめなので、パリ旅行の際はぜひ最優先で旅程に組み込んでください。
ストラスブール|ストラスブール現代美術館
世界遺産の街、ストラスブールの現代美術館で見かけた考える人は他のところで見てきた考える人よりも一回り大きく感じました。少しいつも見るものよりも若干ふくよかな印象もありましたが、床に展示されているからそう感じたのかもしれません。この高さでの拡大作の展示は珍しく、かなりの迫力があります。
ナント|ナント美術館
フランスのナントにあるナント美術館のものも原型による鋳造物との記述がありました。こちらは石膏像。横にならぶ像が大きかったのでひっそりとした印象。ずいぶんダメージのある像でしたが来歴が気になります。
ワシントン|ナショナルギャラリー
ワシントンのナショナルギャラリーには、ロダンやドガの作品が集中的に集められたスペースがあります。ここの考える人はwikipediaにはロダンの死後の鋳造とありますが、展示パネルには1901年の鋳造との表記がありました。
ニューヨーク|コロンビア大学
ニューヨークの名門コロンビア大学の哲学科校舎前の芝生エリアに佇む考える人。晴れた日には立入禁止と書かれたこの芝生上で日向ぼっこする学生たちがちらほら。
ニューヨーク|メトロポリタン美術館
メトロポリタン美術館のヨーロッパ彫刻・装飾芸術 (European Sculpture and Decorative Arts)のエリアにも多くのロダン作品が飾られていますが、やはりその回廊の中央に展示されているのは考える人でした。
フィラデルフィア|ロダン美術館
フィラデルフィアのロダン美術館の外門のさらに外、道路沿いに設置されています。
奥の美術館入り口には地獄の門の展示、そして館内の出口付近にも原型サイズの展示があり、都合3種類の考える人がいました。
ボルチモア|ボルチモア美術館
僕が訪問したタイミングでは一時的に展示されていませんでした。館内を探し回っても見つからず、係員さんに聞いたらいつもは上の写真のところに展示されているのだけど、とのことでした。残念。。
シンガポール|セントーサ島
セントーサ島のユニバーサルスタジオ近くの考える人。大概台座の上にいるのでなかなかこの高さのアングルを撮れるのは珍しいと思います。
シンガポール|街中
これ、どこで撮影したのか定かではないのですが、割と中心部の街中で見つけたものです。
コペンハーゲン|ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館
デンマークの首都コペンハーゲンにあるビールメーカー、カールスバーグ社が運営する美術館には数多くのロダン作品や彫刻作品が展示されています。ここの考える人は、この写真のものともう一つ美術館の外にも飾られており、そちらの方が有名です。
ベルリン|旧国立美術館
こちらの考える人もワシントンのナショナルギャラリーと同じくロダンの死後に鋳造されたものだそうです。美術館の展示室中央に鎮座しておりました。作品鑑賞する人の間で何を考えているのでしょうか。
ドレスデン|アルベルティーヌム
1800年以降の彫刻コレクションの中で思索にふける石膏の考える人。この一角には他にも石膏像のロダン作品が並びます。
ベネチア|カ・ペーザロ
ベネチアの近現代美術および東洋美術のコレクションをもつカ・ペーザロにも拡大版の考える人と複数のロダン作品が収蔵されています。
アートの都で見るべきベネチアの美術館・博物館巡りバチカン|バチカン美術館
バチカン美術館の考える人は1956年に鋳造されたもので、パリのロダン美術館から寄贈されたものであるとの記述がありました。
その他の「考える人」収蔵施設
長島美術館(日本)
西山美術館(日本)
名古屋市美術館(日本)
亜州大学(台湾)
奇美博物館(台湾)
ラーケン墓地(ベルギー)
プーシキン美術館(ロシア)
クリーブランド美術館(アメリカ)
デトロイト美術館(アメリカ)
ネルソン・アトキンス美術館(アメリカ)
ルイビル美術館(アメリカ)
カリフォルニア・パレス・オブ・ザ・レギオン・オブ・オナー(アメリカ)
ヴァルデマッシュウッデ(スウェーデン)
ゲッティ・センター(アメリカ)
たぶんレプリカ含めまだまだあると思うので、もしご存じの方がいればコメントなどで教えてもらえると嬉しいです。
おまけ:よく見るその他のロダン作品
ロダンの作品の中には、考える人以外にも世界中で目にする作品がいくつもありますので、ここでいくつか挙げておきます。
「接吻」の像ですね。これもロダン作品として非常に有名なものの一つ。石膏のこの像は数は少ないながらも時折見かけることがあります。
「青銅時代」という青年像。ロダン制作の等身大の像として最初のものという歴史的価値のためでしょうか、この像は有名な美術館では非常に高頻度で見かけます。
「エヴァ」と名付けられたこの像は、もともと「アダム」という作品とともに「地獄の門」の脇に配置されるために製作されたそうですが、経済的な理由により断念されたそうです。この像も非常に高頻度で見かけます。上野の国立西洋美術館では、「地獄の門」をはさんで「アダム」の反対側に展示されていますね。
まとめ
世界の美術館を巡っていると、どの国の大きな美術館にも展示のある作家が何人もいることに気が付きます。ピカソ、ルノワール、セザンヌ、ピエール・ボナール、モネ、マネ etc 数え上げると枚挙にいとまがないですが、19世紀末から20世紀初頭のこれらの作品群を所蔵していることがある種、その美術館の権威につながっているようなところが面白いなと思います。
これらの絵画芸術家と並ぶ同時代のロダン作品は、ひときわ多くの作品の展示を見かけるような気がします。1点ものの絵画とは違って鋳造で複製可能なため、美術館のコレクションを厚くすることにつながり、そしてそれがまたロダンの名声を高めることに寄与しているのだろうと思います。
そのおかげで、この記事で並べた「考える人」のように、別な場所で同じ作品を見て回るという道楽旅を楽しむことができます。
あなたもお好みの「考える人」を探しに旅に出てみてはいかがでしょうか。